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東北関東太平洋沖地震を受けて [雑記]


 1ヶ月前の3月11日に発生した東北関東太平洋沖地震により、亡くなられた皆様に対し深く哀悼の意を表するとともに、被災されました多くの皆様に心よりのお見舞いを申し上げます。
 大切な人を失う哀しさを体感している私ですが、今回の震災における当事者の皆様の哀しみや苦悩というものは本当に想像もつかないものであると承知しております。遠く離れた宮崎県宮崎市では情報源がラジオ、インターネット、テレビしかなく、実際の惨状をそこから感じ取ることは難しく存じます。「テレビで見た以上」「想像した以上」という言葉を、現地に赴いたボランティアの方々がおっしゃっていますが、直にそう思うのだと、そう感じる以外ないのだと存じます。

 私が何かの技術者や専門家であるのなら、任されていた仕事がいち段落着いた今、貯金を崩して現地に赴きたい。しかしながら、私には人に誇れるような能力も才能も無く、手に持つような職もない。ボランティアも人間であるがゆえ飲食が必要になるのですが、手を動かさない時間を一刻でも作るような人材に被災者以上の待遇が必要なのだろうか? ・・・そのような考えが頭をめぐっておりました。こんな中途半端な人間が、気持ちだけでボランティアに加わっても効果は限りなく薄く、ただの穀潰しになってしまいます。
 それならば、いったい何ができるのか? それはやはり、背筋をしゃんと伸ばし、日々の仕事と勉学に勤しみ、家族や仲間を大切にし、毎日を一生懸命、汗を流して生きることに他ならない ・・・というのが私が至った答えです。

 去る3月31日は、私と婚約者が交際を開始した記念日でありました。私が1年で最も大切にしている日であります。病床の彼女を励ましながら、「交際記念日には一時退院できそうな段取りだから、そこで婚姻届を出そうかねえ」と難病への不安をかき消す様に語ったものです。しかし、7回目の記念日を迎えることなく、彼女は苦痛の中で息を引き取りました。先日の3月31日は丁度、10回目の記念日でありました。大震災発生以前までは、どんなに仕事が忙しくてもきちんと理由を話してお休みを頂、彼女の墓前に花束を持って赴こうと決めていたのですが、震災を受け、様々な考えが頭の中で交錯し、結果、彼女の実家に配達で花を贈り、自分は任された仕事を懸命に行おうと決めました。

 状況は違えど、残された人間である私達は、先に旅立った人間の為にも、一歩一歩、地面を踏みしめて進んでいくしかありません。私ですら、大切な人の死から立ち直っているとは全く以って言えない。心の傷や哀しみは時間が解決してくれるとよく言われますが、そんなもの大嘘であると体感しております。しかし、立ち直らなくてもいいのだと私は考えております。哀しみがあるからこそ得られる優しさがある。心の傷があるからこそ得られる強さがあるのだと、私は思います。それがどれだけ先の事になるのかは、各々個人のことでありましょうから私には断言できません。

 毎日を懸命に生き、こんな私でも楽しいと思ってくれる皆様の為にもB型人間らしく奔放に振舞うつもりです。この1ヶ月で価値観が大きく変わってしまったので、以前のように、とはいかないかもしれません。しかしながら、自分が笑顔で、幸せであろうとすれば、他の誰かに少しでも笑顔や幸せを感じていただけるかもしれない。そんな小さな希望を抱きつつ、私はこれからも歩き続けようと思います。
 
 ブログ再開記事が文章をまとめきれず、長いものになってしまいましたが、ここまで読んでくださった皆様に衷心よりお礼申し上げます。しばらくは、テキストが主の記事なると存じますが、ご理解いただけたら幸いです。
 
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